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【中途視覚障がい老人の一言⑧】

院長ブログ

【中途視覚障がい老人の一言⑧】

[私の知り合いであり、尊敬する人物でもある方からのメッセージです]

[視覚障がい老人の一人での旅]

 2014年8月18日に、長野県下伊那郡高森町と豊岡村との間を流れる天竜川の中州と川岸で、盆の灯籠流しと花火の祭典があった。この祭典は、例年行われており、この地域の盆の一行事として定例化している。
 この日の花火打ち上げ会場の近くで、地元県立高校の同級会が開かれ、私はさいたま市からこの同級会に参加した。
 私は昭和24年3月生まれであるので、23年生まれの同級生が多く、高校卒業後の集まりに初めて参加することとなった。地元では、同級生が集まりを開始したのが数年以前からであって、私の都合が付かないが為に、参加を見送っていたにすぎません。
 私が高校を卒業し、東京に向かったのは40年余以前のことでした。地元の国鉄市田駅から急行で、新宿駅に5時間余を経て着くような状況でした。同時期に中央自動車道(元中央高速道路)が開通し、この自動車道を走る新宿→飯田の高速バス路線を使うことに変わった。だが帰郷することも少なくなり、久しぶりに田舎に帰り同級会に参加して同級生に会うことを楽しみにする反面、視覚障碍となり老人となった私が、どのような旅路を辿り田舎への往復が容易なのかと悩みもありました。

 私の退職後の毎日は、千葉県内・埼玉県内・都内3箇所・静岡県内に、毎週出かけ、京都にも月に1回出かけていました。出かけ先では運動機能障碍児者の運動療法をボランティア活動として行ってきています。このような毎日毎週であるから、電車に乗っての出かけにはほとんど問題を感じてはいませんでした。
 しかし、今回の高森までの道順は、とても久しぶりで一人の旅となり、乗り換えも多いので、少し心配でもあった。
 JR東日本では、意見苦情を受け付ける為に、電話回線を開いている。私は高森に出かけることを決めた時点で、この意見苦情の電話に問いしてみました。一度の問いには期待する答えが返らずに、数回の問いかけを行い、納得できる内容となった。
 高森に出かける当日、出発地の駅に早く出かけ、その日の予定を伝えて、各乗換駅での乗り換えを支援してもらうこととなりました。だが、実際に出かける日が近づくと、出発日の申し出でではなく1週間前に、出発と帰りの乗り換え順と乗車電車をプリントアウトして、出発駅に提示して支援を求めた。

 8月18日 指扇→市田
 09:02発 指扇
 09:45着 新宿
 10:00発 スーパーあずさ11号 2号車4D席
 12:09着 上諏訪
 12:14発 JR中央本線(東京-塩尻)
 12:24着 岡谷
 12:28発 JR中央本線(岡谷-塩尻)
 12:39着発 竜野 JR飯田線
 14:26着 市田
 
 
 8月19日 市田→指扇
 11:50発 市田 JR飯田線
 13:40着発 竜野 JR中央本線(岡谷-塩尻)
 13:57着 岡谷
 14:04発 あずさ20号 6号車16D席
 16:34着 新宿
 16:44発 JR埼京線快速
 17:26着 指扇

 このような乗り継ぎでの支援を求めたところ、
 09:02発指扇→09:45着新宿→10:00発スーパーあずさ11号2号車4D席
 この新宿乗り換えに時間が足らない恐れがあるので、
 08時43分指扇発→09時28分着に乗るように変更されました。
 そしてその上に、
 12時24分着 岡谷 → 12時28分発 JR中央本線(岡谷-塩尻)
 この乗り継ぎでは、乗り継ぎ時間が短いので車椅子を利用しての支援を求められました。

 当日の8月18日は、指扇駅に出発10分前に着き、その日の支援を求め08時43分に乗せてもらった。乗車の際に車椅子の人と共に支援を受けた。新宿駅には予定の09時28分に着き、支援してくださる係員が降り口前に待っていて下さった。係員と共にスーパーあずさの出発ホームである9番線に向かった。
 9番線に着いたのは09時33分で、乗車予定のスーパーあずさは遅れていてホームには止まっていなかった。折返しの列車が到着して、清掃時間が入り、スーパーあずさに乗せてもらった。
 岡谷駅に12時24分に着く予定の列車は、約10分遅れで到着した。降り口には係員が待っていてくださり、少し離れた場所に車椅子も用意されていた。そしてその車椅子に乗せられて、遅れて出発する12時28分の列車に乗せてもらった。

 支援を受けなければ移動できない私ですが、新宿駅での時間の見積もり方には疑問を生じます。また目の悪い者が、「歩くよりも車椅子に乗せて移動したのが早い」との判断では、階段やエレベーターの配置された環境にも異なり、荷物ではなく人間としての支援を求めたいと感じました。
 
 同級会は久しぶりに合う友と、学生時代から老人になるまでの、飛び飛びの話題で盛り上がり、話と料理と酒に酔う良い同級会でした。
 帰りの列車では、問題なく支援を受けられて帰宅でき、全体的にはとても良い旅でしたが、支援してくださる介助の方は、それぞれの歩行スピードが異なり、あまりにもゆっくりな方と、早すぎるのではないかと思える人に別れました。ゆっくりな方はそれでも良いのですが、早いのには何か理由があり、乗り遅れるなどのことを考え、スピードを落とすように恃むこともできませんでした。

 視覚障碍者の一人旅の支援は、尋ねる駅員によって答えは異なり、駅での対応もそれぞれと異なっているように思えました。できることならば、国内の何処に出かけても、同じような支援が、鉄道でも・船舶でも・飛行機でも受けられるような形が整って欲しいと感じます。
それでも、視覚障がい老人の一人での旅が、無事に終えることができたことは、皆々の支援介助のおかげです。今後もよろしくお願いいたします。

2014年8月26日記